ぽこにゃん積水ハウスの里楽で平屋を建てる

2016年の7月に積水ハウスの里楽で平屋を建てました。
神奈川県のど真ん中に敷地130坪、延床43坪の家です。始めての庭造りや家庭菜園に悪戦苦闘しています。
趣味の釣りなど、遊びや日常のことも書いていきます。

またどこかへ行きたくなったが・・・しかし

今日は珍しく所用で都内に行きました。


大田区の池上まで2時間のドライブ。


もちろんSLKで。


天気も良かったので久しぶりに屋根を開けて走りました。


帰りに横浜の別宅に寄って、愛用のピーラー(ジャガイモの芽を取るのが付いてるやつ)を探しました。しばらく台所を探してやっと見つけました。


久しぶりに別宅に行きましたが、なんか人がいない家はひっそりとして家自体も寂しそうでした。ごめんなあ~って行って家を出ました。


近いうち大掃除してハウスクリーニングしてあげるからねぇ。


帰りは東名高速をのんびりと流して帰ってきました。


それにしても、大体4時間強走っていたんですが、この車は疲れないんですよ。


先日も四国の高松まで殆ど休憩なしで走りきりましたが、以前ランエボで行った時は腰が痛くて途中で止まって何度も背伸びしたもんですが、この車は腰に来ません。


座り心地もさることながらシートが体にフィットしてずれないんですね。


ディーラーの営業さんが国産車とは全然違いますって言ってた意味がなんとなく分かったような気がします。


とにかく、いつまでも乗っていたいと思わせる車です。


今日も海老名で降りずに箱根まで行きたい衝動にかられましたが、ぐっとこらえて帰宅しました。


なぜなら、脇腹がシクシクと痛みが出てきたから。以前、尿管結石になった時に前触れがこんな感じだったので心配になって帰りました。


尿管結石の経験談をちょっと書いてみよっかなあ。


初日。


尿意があるのでトイレにいくけれど、これが出ない。


膀胱はパンパンなのが分かる。


何度もトイレに行くがチョロチョロしか出ない。


なんだろう。なんか病気なんだろうなと思ってネットで近くの泌尿器科を探す。


電話をするとすぐに来なさいと言われて出かける。


小さなクリニックで私以外に患者はいない。


前立腺による閉尿かも知れないから検査をすると言われました。


診察台の上に乗ったらうつ伏せになってパンツを降ろせと言われました。


おへっ。


医師が肛門に指を突っ込んでクネクネ探っています。


なんか、気持ち悪い。


「う~ん。特に前立腺が腫れている様子はないね」


薬出すから様子を見ようと言うことになりました。


その晩は膀胱がパンパンで眠れず、苦しい夜を過ごしました。


翌日、うつらうつらして朝を迎えました。


いくら力んでも相変わらずチョロチョロしか出ない尿。


昼頃までパソコンでニュースなど読んでいると、背中に鈍い痛みが・・・。


そのうち脇腹にも痛みが伝わってきました。


取りあえず手元にあったロキソニンを飲む。


しばらくして。


ん?


なんだこの痛みはと思っていると、いきなり激痛が襲って来ました。


お腹を絞られるような痛みが波打つように襲ってきます。


あまりの痛みに動くこともままなりません。


そうだ、昨日の泌尿器科の医者に電話しよう。


痛みに耐えながら電話をします。


症状を伝えると


「ああ。そうか、結石だったかあ」
「どうしたらいいんですか?」
「痛み止めとか持ってない?」
「ロキソニンならあります」
「じゃあそれを飲んで痛みが引くまでおとなしくしてて」
「既にロキソニンは飲んでます」
「効かない?」
「効きません」
「病院に来たらもっと強いの出してあげるんだけど」


とても病院に行ける状態では無い。


この藪医者が~っ。予想がつくだろうが。


痛みにプラスして吐き気までが襲ってきました。


もう無理。


痛みを堪えて這いながらなんとか長女の部屋へ。


仕事中の長女に


「アカン。死にそうだ救急車を呼んでくれ」


と訴える私。


「えっ。えっ。なになに。どうしたの」


と私の様子を見てパニクる長女。


「とにかく救急車を呼んでくれ・・・クッ」


長女は携帯で119番をしてくれました。


青息吐息の私は10分程掛けて階段を降りてなんとか玄関に辿り着き、そこでうずくまって動けなくなりました。額は脂汗でべっとり。意識も朦朧としています。


まもなく救急車のサイレンが聞こえてきました。


4人がかりでシート上の物に私を座らせて玄関前の階段を降ります。そしてストレッチャーに寝かされ、救急車の中へ。


中では長女が横に座って心配そうにしています。


痛みはマックス、歯の根も合わず寒気と吐き気が襲ってきます。


前席では病院と連絡を取り合っています。


なかなか受け入れ先が決まらない様子。


「結石みたいです。はい・・・。ありがとうございます」


20分以上かかってようやく搬送先が決まったようです。


搬送先は近くの関東労災病院でした。


それにしても、どこをどう走っているのかなかなか着きません。


普通に走ったって20分もあれば着くのに、なかなか着きません。


やっと病院に到着。


ストレッチャーで運ばれて診察台に移されます。


「痛いですよねぇ」


と医師。


返事をする気にもなれない私。


痛みと寒気でガタガタと震えています。波状攻撃の痛みはこれまで体験したことのない物でした。私、喉のリンパが腫れて気道が塞がりかけたことがあり、病院で緊急手術となり無麻酔で切開した経験がありますが、外科的な痛みとはまた違った痛みでした。


「尿管結石は三大激痛の一つと言われてますからねぇ」


と軽く言われる。


とにかく痛み止めを打つなりなんとかしてくれ~っ。心の叫びは医師には届かない。


「まずはCT撮りましょうか」


またストレッチャーで運ばれる私。


CTの撮影時、仰向けになれと言われるが痛くて仰向けになれない。


「頑張って仰向けになってね。尿管結石で死んだ人はいないから大丈夫よ」


と容赦ない看護婦さん。


鬼かおまえら。心の中で毒づく私。


撮影後また元の部屋に戻されて放置される。


一体いつまで我慢すればいいんだよ。そろそろ限界なんですが。


しばらくして医師が戻ってくる。


「尿管結石ですね。そのうち膀胱に落ちれば痛みも治まります。そんなに大きくないので自然に出るのを待ちましょう」


大きければ超音波破砕か開腹して取り除くしかないけどその必要はないと説明される。


「じゃあ、座薬を入れますからね」


頼むから、さっさとしてくれ~っ。


10分後・・・。


あ~ら不思議。痛みが徐々に引いていきます。


30分後、帰っていいと言われる。


ボルタレン座薬の処方箋を貰って、近くの薬局で薬を出して貰う。


その後娘と二人でタクシーで帰宅。


社内で長女が女房に電話をしている。


「なんだって?」


「結石じゃ死なないから普通に帰るって」


「ああ、そう」


虚脱感の塊となった私は帰宅して横になる。薬が切れて痛みが来るとまた座薬を入れるの繰り返し。


何度か繰り返すうちに痛みは消えた。


で・・・・。


今、なんとなくあの時と同じ感覚に襲われている。このところ微熱がずっと続いていたのと関係があるのだろうか。だるさは相変わらず続いている。


またあの激痛は勘弁してほしい。


ただし、今回は大丈夫。


冷蔵庫には大量のボルタレン座薬がストックしてあるから。(笑)


実は、旅行に行くときや遠出をするときは必ずバッグの中にこの座薬を忍ばせているのである。


話を聞くと、周りにも結構結石経験者がいる。


女性の従兄弟が一度なったらしい。女性の結石は珍しいのだそうだ。彼女が言うにはお産の痛みによく似ているらしい。


そんな訳で三度もお産を経験している女房の偉さを痛感した私であった。


母は強し・・・。










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