ぽこにゃん積水ハウスの里楽で平屋を建てる

2016年の7月に積水ハウスの里楽で平屋を建てました。
神奈川県のど真ん中に敷地130坪、延床43坪の家です。始めての庭造りや家庭菜園に悪戦苦闘しています。
趣味の釣りなど、遊びや日常のことも書いていきます。

小休止 短編をひとつ

昨日は積水の支店で司法書士を紹介されました。移転登記をお願いするために色々と書類を渡しました。

ついでにベルバーンの確認をしました。スティックボーダーの薄い茶色が好みなんですが、アイボリーも悪くない。

日曜はいよいよICさんとの打ち合わせです。


さて、ここで小休止。絵画のお目汚しに続いて、昔書いた短編を掲載します。本当に暇で、畳の目を数えるくらいしかすることがないようであればお読みください。


これは他の小説サイトに掲載したもので、一部内容を改変して再掲載しています。


猫物語 (名探偵アチャ)


 出張先のビジネスホテルで出された夕食は不満の残るものだった。
 ホテルまで送ってくれた代理店の若い営業が、
 「何か途中で食べて行きませんか」
 と誘ってくれたのに、それを断ってしまったことに今は後悔していた。
 要するにあの営業はこれからお連れするホテルの食事はあまりお勧めではありませんよと遠回しに教えてくれていたのだ。
 とは言え、初対面の人間と向かい合いで食事をする程私は開放的な性格ではないのだから仕方が無い。
 例えストレートにあのホテルの食事は酷いですよと教えられていても結果は変わらなかったに違いない。
 そんな後悔を引きずりながら私はこの小さな町の商店街を散策することにした。

 雲一つ無い空に大きな満月が浮かんでいた。
 ホテルはローカル駅から少し離れた場所にあったため目的の商店街までは少し歩かねばならなかった。
 商店街の入り口にたどり着くまでとうとう一台の車とすら擦れ違わなかった。
 地方の小さな町の夜はどこもこんな感じなのだろう。
 商店街と言っても百メートルもない小規模なものだった。
 行き止まりには小さな駅舎が見える。
 腕時計を見るとまだ夜の九時を少し回ったところだった。
 予想していたことだが、商店街の店は全てシャッターお降ろしていた。
 行き止まりの駅舎まで歩いてみたが、居酒屋やスナックの類いは見つけられなかった。 駅舎には駅員の姿は無く、寒々しい蛍光灯が灯っているだけだった。

 「仕方ないな。戻るか」
 そう呟くと私は踵を返した。
 来た道を戻り始めてしばらくすると目の前を一匹の猫が横切って行った。
 おや、こんなところに路地があったのか。
 来るときには気がつかなかったが細い路地への入り口があった。
 路地を覗いてみると奥の方にぼんやりと灯りが漏れている。
 近づくと「猫」と書かれた置き看板に明かりが灯っていた。
 そこは間口が一間程の小さなスナックだった。
 猫に誘われてたどり着いた店の名前が猫とは良くできた話だと思った。
 なんとなく興味をそそられた私は木製のドアを開けた。
 『カラン、コロン』
 ドアに取り付けられたカウベルが鳴った。
 「いらっしゃい」
 正面にまっすぐ延びたカウンターと五つの丸椅子が見える。
 客の姿はなかった。
 カウンターの中には小柄なマスターが一人、穏やかな表情で立っている。
 「どうぞ、お好きなところへ」
 マスターに言われるまま、私は真ん中の椅子に腰掛けた。

 店の中を見回すと、壁と言う壁に猫の写真が貼り付けてある。
 「すごい数の写真だねぇ」
 私は渡されたおしぼりで手を拭きながら言った。
 「ここに猫の写真を貼ると供養になるって噂が立ちましてね。それからと言うものどんどん増えていくんですよ」
 マスターは嬉しそうに笑った。
 カウンターの行き止まりの壁に一つだけ額に入った猫の写真があった。
 丸みのある三毛猫が女性に抱かれて満足そうにしている。
 女性の顔は写っていなかった。
 「それは私の飼い猫だった猫ですよ」
 「ああっ、それで額に入れてあるんだね」
 「そもそも、猫の写真はそれだけだったんですが、いつの間にか・・・」
 「なるほど」
 私は頷くとバーボンのロックと摘みにカマンベールを注文した。
 額の写真を眺めていると下の方に『名探偵アチャ』と書かれている事に私は気付いた。
 「この名探偵って言うのはどういう意味なんですか」
 「ああ、それですか。少々長い話になりますが、お聞きになります?」
 「まあ、まだ宵の口だし、ホテルに戻っても寝るだけだから」
 「じゃあ、少しの間おつきあいください」
 マスターはバーボンの注いだグラスとカマンベールの皿を私の前に置くと、椅子を持ってきて私の向かい側に腰を降ろした。


 「もう三十年も前の事になります。その頃、私は悪い男でしてね、仕事もしないで酒と賭け事に明け暮れてました。女房を働かせて私は遊んでいた。つまり、ヒモって言うやつですね」
 マスターはバツの悪そうな笑みを浮かべた。
 「ある雨の日に女房が子猫を拾って来たんですよ。それがその写真のアチャです。アチャは一日中家でゴロゴロしている私に懐きましてねぇ。拾ってきた女房より私に愛想良くしてくれました。私も猫好きな質で、猫の世話だけはまめにやってました。アチャが来てから一年くらいたった頃でしょうか。競輪で負けて一文無しになった私が帰ってみると女房も猫もいなくなってました」
 マスターはため息をつくと、自分用に作った水割りを一口飲んだ。
 「しばらくして、女房から手紙がきました。別れて欲しい。そう書いてありました。私みたいな男、愛想を尽かして当然です。女房は埼玉に実家がありましてね、なかなかの資産家の娘だと言う事を聞いていました。女房は十九歳の時に家を飛び出して、私みたいな男に捕まってしまった。不幸な女なんですよ。実家に帰るのも相当に悩んだ末の事だったのでしょうね」
 話は取り立てて面白さは感じられなかった。それは男の懺悔ともとれる内容だった
からだ。
 しかし、私は黙って聞くことにした。
 「それから半年ほどしたころでしょうか。私の働く鉄工所に刑事が二人やってきました。食わせてくれる女房がいなくなったんで仕方なく働く事にしたんですけどね。驚きましたねぇ、女房が殺されたと言うんですよ。それで事情を伺いたいと言いましてね。刑事さんの話じゃ、遺産相続がらみの殺人の可能性があるって言ってました」
 「マスターに嫌疑が掛けられたんですか」
 「いやぁ、私と女房は法律的に結婚していた訳じゃありませんから、例え女房の親が死んでも私には一銭も入ってきません。関係が続いていれば別ですが、何年も音信不通でして、別れ話に同意すると返事してやった一通しかない私の手紙を辿って来たようです。結局、刑事さん達は同居していたころの女房の話を聞いて帰っていきました」
 「話を急かすようで申し訳ないが、犯人は捕まったんですか?」
 「ええ、名探偵アチャのおかげでね」
 マスターはニヤリと笑って、くわえたタバコに火を点けた。
「女房は美紀子って言いましてね、突然の帰宅に二人の兄と姉が一人いるんですが、そりゃあもう偉い剣幕で罵声を浴びせたようです。なんでそんなに怒ったかと言うと、美紀子が帰る三ヶ月程前に父親が脳卒中で倒れましてね、兄弟三人で父親の面倒を見ていたそうです。さらに三年前にも母親が癌で亡くなったんでそうですが、この時も三人で協力して看病したとか」
 「何もしなかった美紀子さんに腹を立てたと言う訳ですね」
 「ええっ、そう言う事です。親兄弟を捨てて家を出たくせに、今頃になって戻ってくるとは言語道断と言うことでしょう。まあ、女房にも言い分はありましたよ。美紀子はですね、実は妾腹の子だったんですよ。つまり、三人とは異母兄弟になるんですね。いつも、妾の子っていじめられていたんです。可愛そうなやつなんですよ」
 マスターは湿っぽいため息をつきながら、私のグラスにバーボンを注いだ。
 「父親の病状は芳しくなくて、そう長くはないと言われていました。死ねば当然持ち上がる相続問題。実の兄弟でさえピリピリしているところに美紀子が帰ってきたんですから、大騒ぎです。それから間もなくですよ。父親が亡くなったのわ。美紀子の父親と言う人は用意のいい人だったらしくて、顧問弁護士に遺言状を託していたんだそうです。遺産総額は相当な額だったようです。遺言状には兄弟四人で均等に配分せよと記載されていたそうです。そして、遺言上が公開されたその夜に美紀子は殺されたそうです」
 「その日にですか・・・」
 「美紀子は屋敷の一番奥に部屋をあてがわれていました。陽の当たらない三畳ほどの納戸とも呼べる部屋でした。そこで連れて行ったアチャとひっそり暮らし居たそうです。警察の調べでは絞殺だと言う事でした。当夜、屋敷には美紀子と兄弟三人、父親の弟夫婦が泊まっていましたが、なぜか三人の兄弟は早朝に帰宅しており、妹が死んでいることに気づかなかったそうです。遺体を発見したのは美紀子の叔父でした。犯行時刻は深夜二時から四時の間、誰にもアリバイはありません。皆口々に寝ていたから気付かなかったと言い張る訳ですよ」
 「難しい状況だねぇ、兄弟には遺産がらみの動機があるからねぇ」
 「そうなんです。怪しいと言えば、兄弟三人が皆怪しい。だから刑事さん達はどうしても外部犯行説とは思えなかったようです。長男は会社が資金難で苦労していたし、次男は賭博で大きな借金を抱えていた。姉は特に金銭的に苦労はしていなかったみたいですが、美紀子を酷く嫌っていたようです。状況から言って、誰にでも殺せた訳です」
 「確かに」
 「捜査が進展しないまま、一週間が経った頃ですかね、鑑識で犯行現場で採取された物のなかに興味深いものが発見されたんだそうです」
 「ほう、なんですか」
 「マタタビの実ですよ」
 「マタタビって、あの猫が好きなやつですか?」
 「そう。マタタビの実です。美紀子がアチャにたまに与えていたものです。それが座敷に散らばっていて、いくつか踏みつぶされていた」
 「その実がなにか」
 私には良く分からなかった。猫とマタタビの関係は分かっているが、事件解決にどのように影響したのかは理解できなかった。
 「刑事さん達はアチャを連れて、美紀子の兄弟の家を訪問したんですよ。そして、ついに真犯人を突き止めたと言うことです」
 「どういう事ですか、分かりません」
 「犯人は美紀子の部屋で犯行に及んだ際にマタタビの実を踏みつぶしていたんですよ。そして、その足で靴を履いて帰宅した」
 「ああっ、そう言うことか」
 私は納得した。
 「長男と次男の靴にアチャがジャレついて見せたわけです。見事アチャが美紀子の敵を討ったんですよ」
 「小説のような話ですねぇ」
 「ですから、名探偵アチャな訳です」
 「いやぁ、美紀子さんにはお気の毒ですが、おもしろい話が聞けました。こちらに来た時にはまた寄らせていただきます」
 「はい。ご贔屓に、壁に貼られた猫たちにも色々な逸話がありますから次はまた別の話をお聞かせします」
 「うん。今夜は面白い話が聞けて楽しかったよ」
 マスターはにこやかに私の差し出した五千円札を受け取った。
 釣りは二千円だった。
 ロック二杯とチーズ二かけで三千円は高いが、講談を聞いたと思えば安いものだった。
 店を出ると相変わらず空には大きな満月が浮かんでいた。


注)本編は著作者の許諾無く転用、掲載をすることをお断りします。

×

非ログインユーザーとして返信する