山の怪異
沖縄では早いもので、そろそろ梅雨入りが宣言されそうです。
うっとうしい湿気に悩まされるこの時期が過ぎてしまえば夏がやって来ます。
夏と言えば皆さんアウトドアで自然を求めて山などに出かけることでしょう。
どうせ行くならと4輪駆動車で人気の無い山に分け入って行く人も少なくありません。
そして、どんどん奥に進んで全く人気の無い場所に辿り着いて大喜び。
人が来ない場所と言うのは人を寄せ付けない場所、すなわち人が入ってはいけない領域と言う場合もあるそうです。
この話はネットで拾ったものです。
ある会社のアウトドア好きの部長が部下達を連れて自慢の4WDで山奥に分け入り、さらに手分けして荷物を担いでさらに奥の川沿いの場所で野営を始めた。
持ち込んだ食材でBBQをしながら酒を飲み、楽しい時間を過ごした。
やがて辺りが黄昏れ時に近づき、メンバー達は寝るためのテントの設営や火の始末を始めます。
すると、森の中を誰かがこちらに近づいてきます。
やってきたのは山奥に場違いなスーツに身を包み、髪型をきっちり七三に分けた営業マン風の男性。手には営業鞄まで提げていた。
男性は爽やかな笑顔で彼らに尋ねました。
「すいません。私と同じ顔をした男性がここを通りませんでしたか?」
「いいえ、見ませんでした」
「そうですか。ありがとうございます」
礼を言うと男性は健脚らしく、速い足取りで先に進んで行った。
「部長。なんすかあれ、こんな山奥にどうやってきたんでしょうね」
部下の一人が誰もが思った疑問を口にした。
「さあなあ。この先に取引先があるとは思えんが・・・」
部長も頸を傾げた。
しばらくして彼らが作業を進めていると再び誰かが近づいてきた。
「すいません。私と同じ顔をした男性がここを通りませんでしたか?」
声を掛けてきたのは先ほどのスーツ姿と瓜二つの男性だった。
「ああ。見ましたよ。この先に行かれたようです」
「そうですか。ありがとうございます」
男は礼を言うと同じように先に進んで行った。
全員が顔を見合わせた。
このやり取りは辺りが暗くなるまでその後3回、計5回繰り返された。
「ここはヤバイ。撤収して野営の場所を移動するぞ」
部長の命令でメンバーは荷物をまとめるとかなり離れた場所にテントを張った。
その後、例の男は現れなかった。
全てを終えて山を下った後の会話。
「部長。あの営業マン、一体何者だったんでしょうね。山道を下る途中で3人はすれ違いましたよ」
「さあな。俺にも分からん」
彼らが出会ったこの怪異は一体何だったのでしょう。
その他にもカメラマンが一人でテントを張って野営していると一晩中テントの周りを歩き回るうなり声と人の気配に震え上がった話など、山の怪奇譚は事欠きません。
実は私も似たような体験を一度しています。
大学生の頃の話です。スキーが大好きだった私は後輩がスキー道具を購入したいと言うことで仲間達とスキー用品店(アルペン)に出かけてウエアからスキー用品一式を見立てて買わせました。
その後、ファミレスで夕食を食べながら試し滑りに行こうかと言うことになり、みんなの道具を私の車に積み込むと深夜の富士山に出かけました。
1月の富士山は既に積雪がありチェーン無しでは上れませんでした。登山道の須走口は既に冬期閉鎖中です。途中でチェーンを装着すると樹木に囲まれた林道を進みます。
人里から約一時間、くねくねとした登山道を走るとやがて道路の右手に沢があるのが目に入りました。河川敷の部分がちょっとしたゲレンデ風になっていて、ここでやろうと言うことで車のフォグライト(CIBIEのラリー用)を点灯して沢を照らすようにしました。
スキーを担いで上っては滑りと小一時間ワイワイと楽しんでいた時です。
坂道を誰かが徒歩で歩いてきます。
見ればスーツ姿のサラリーマン風の男性です。足下は革靴、コートすら着ていません。
気温は氷点下2度くらい、スキーウエアを着た我々ですから寒かった。
男性は立ち止まり、しばらく我々を眺めていましたが、声を掛けるでもなく普通に坂を登っていきました。まるでビジネス街を歩くかのように・・・。
4人の仲間でその男性が暗い道を登って行くのを呆然と見送りました。
自殺でもするんじゃないかと心配になり、スキーを切り上げてしばらく上に向かって車を走らせましたがとうとう男性の姿は見つけられませんでした。
私たちもまた冬の人が立ち入らない時期の山で怪異に出会ったのかも知れません。
不思議なことにこの話、4人いたメンバーのうち私ともう一人しか覚えていないのです。
後の二人は全く記憶がないと言うのです・・・。
人だらけのキャンプ場を嫌い、玄人ぶって山奥に分け入る方に警告です。
決して携帯電話が圏外になるような場所まで入ってはなりません。危険はもとよりそこは異界かも知れないからです。(笑)