ぽこにゃん積水ハウスの里楽で平屋を建てる

2016年の7月に積水ハウスの里楽で平屋を建てました。
神奈川県のど真ん中に敷地130坪、延床43坪の家です。始めての庭造りや家庭菜園に悪戦苦闘しています。
趣味の釣りなど、遊びや日常のことも書いていきます。

日々勉強

昨年末に買った本をやっと読み終わりました。


崔吉城 著「朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実」


崔吉城は東亜大学の文化人類学の教授、広島大学の名誉教授でもあります。


戦時下、朝鮮出身の男性である朴氏が戦地の慰安所の帳場人として働きながら書いた日記を翻訳したものです。


感想は・・・。


当時の占領地は軍政が敷かれていてなんでもかんでも申請、認可がいる如何にも日本のお役所仕事と言う感じがします。
その中で朴氏は移動許可を得ながら東南アジア諸国を自由に移動しています。各地にはやはり朝鮮出身者の知人が慰安所や食堂、商店、工場などを経営しておりそこを点々としながら終戦を迎えるまでが書かれています。
日記の中には慰安婦を二人連れて釜山からシンガポールへ渡ったり、そこからマレーに電車で移動したりしています。


日記の中で分かったことですが、戦地にはいわゆる慰安所と遊郭は別に存在していました。慰安所は軍政の管理下にあり、人の出入りや健康管理が行われていました。ただし、経営に関しては関与していないようで、経営権の売買なども自由に行われていたことが覗えます。慰安所は軍人向けの施設であり、民間人は出入りできませんでした。
慰安婦達はある意味軍属扱いだったようで、病気になったりすると軍医が治療したり軍の医療施設に入院していましたし、移動に際して兵站部隊の車両に便乗したりもしていました。


この日記には慰安婦達がどう言う経緯で慰安婦になったかと言う記述はありません。
もちろん、彼女たちが好んで慰安婦をしていた訳ではないようですが、そこには軍人達との交流がそれほど殺伐としたものでもなかった記述が散見されました。


次に読もうとしている文玉珠さんと言う元慰安婦の証言集があります。朴氏の日記に文玉珠さんが登場することからなかなか興味深い内容と考えています。


この文玉珠の証言は現在のように慰安婦問題が大きく騒がれる前のもので、そこには意図的な脚色や粉飾がない事実に近い内容と期待しています。


私はとにかく事実が知りたい。悪意を持って政治的に歪曲された証言ではなく、当時の本当の姿を知りたいと思っています。


彼女らが戦時下にどのように生きたのか、また戦後祖国である韓国と言う国でどのような扱いを受けたのか。彼女らの尊厳を奪い、地位を貶め、差別したのは誰なのか。本当は誰に謝罪をして欲しいのか。知りたいことは沢山あります。



まっ。


難しい話はこれくらいにして制作していた絵ですがキリが無いので一応終わらせました。
ペイントツールの解説本が届いたので少しずつ勉強していきたいと思います。

左のシミはエアブラシの試し塗りの消し忘れです。(笑)


水の表現も難しいですが、雪も超難しいですね。まだチェレンジするのは早かったような気がします。でも、写真がとても綺麗だったので描いて見ました。


アプリを使いこなせるようになればもう少しまともな絵になると期待しています。


ところで、これをPCではなく水彩で描いたらどうなるんだろうかと考えています。





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