ぽこにゃん積水ハウスの里楽で平屋を建てる

2016年の7月に積水ハウスの里楽で平屋を建てました。
神奈川県のど真ん中に敷地130坪、延床43坪の家です。始めての庭造りや家庭菜園に悪戦苦闘しています。
趣味の釣りなど、遊びや日常のことも書いていきます。

金消契約

今月末に上棟があるとかでその際に一度支払いが発生するためその金消契約で銀行の営業さんが家にやってきました。

本当は一括で上棟時に支払うって言ってたんですが、最低でも引き渡し時に一割は支払わなくてはならないってことで、今回は90%の支払い分の契約となりました。

この営業さんは実は投資系の営業さんで、娘の投資専任営業なんですが今回融資もまとめてやれと言われて苦労しながらこなしているとか。いつも私の我儘をニコニコしてやってくれています。

営業さんは女性の方で、家に入るとラムさんがお出迎えしたことに感激していました。珍しく他の二匹が私の部屋で爆睡しているので、今日はリビングはラムの一人天下です。

アップを失礼。決してガンを付けているわけではありません。

営業さんも自宅で猫を一匹飼っているらしくて、かわいいを連発していました。


執筆中に邪魔されるのが嫌いな娘は営業さんと向かい合っている間ニコリともしませんでした。まったく、この手の人間てなんでこうも気難しいのでしょうか。

娘は借り入れの金額をチラリと見て「なにこれ」と言うので、「家のお金を借りるの」

って言うと「あそう」と一言。なんで借りるの?みたいな顔してましたが、とくにその後に突っ込みはありませんでした。この手は私が全て管理しているので、任せたみたいな感じでした。税制がどうのと説明しても拒否するからどうでもいいんでしょう。

結局20分くらいで必要書類に記入してさっさと書斎に帰っていきました。(笑)

営業さん、本にサインしてもらおうと思っていたみたいなんですが・・・残念。

結局はその後、猫の話を30分ほどして帰っていきました。次は7月の頭に残金の金消契約でもう一度来られるそうです。


そうそう、「永遠のゼロ」を書かれた百田尚樹先生のサイン会で爆破予告があってツイッターで迷惑だみたいな書き込みがあったのでお気の毒みたいなことをコメントしたら「お気遣いありがとうございます」みたいな返事が返ってきました。百田先生マメだわ。うちの先生なんてほとんどツイートしても書き逃げです。(笑)


さて、現場の方は本日の予定だと防水土間コンを打ってるはずなんですが、あいにくの雨で工事が進展しているかどうかわかりません。明日は修理の終わったドローンを持って現場に行くんですが、どうなっているんでしょうか。雨の中コンクリは打たないだろうから、明日生コンとか入っていたらドローンどころじゃないかもしれませんね。

少し、遅い時間に行くことにします。


それから、久し振りにハウジングセンターでモデルハウスをみて無駄な空間を鼻で笑ってきた私ですが、実は最初の頃はこんな家を妄想してました。


1階は30畳のLDKと8畳の洋室とテラス。

なんと、シューズクロークまであります。(笑)

リビングを吹き抜けにして回廊を付けて南にバルコニー、二階の部屋は5部屋。この時は夫婦別室でした。

延床55坪の二階建。

中はこんな感じでした。これで契約寸前までいったんですが、やっぱり平屋がいいと言うことで白紙に戻しました。もう、ある程度設計が進んでいたのに我儘な客ですよね。

テラスは今とおんなじ感じでしたね。

この時点で庭が40坪(今の倍)あって、とても手入れができないと思っていた訳で、平屋にしたのは庭を小さくしたかったと言うのが本音です。腰が悪いのに草むしりなんて無理です。


今から思うとどっちが良かったのか分かりませんが、隣接するお宅は日当たりが悪くならなくて良かったんでしょうね。







着工18日目(基礎工事)と住まいの参観日

今日は営業さんの勧めで「住まいの参観日」に行ってまいりました。

最初にお伺いしたのは延床35坪のシャーウッドの平屋でした。建て方が終わって中は断熱材が見えている状態でした。もうちょい前の段階が見たかったのに残念でした。


横は15メーター、奥行きが8メータ-くらいですかね。外壁はベルバーン、クラフトボーダーのベージュでした。まだ間仕切りがなくて、とても広い空間でした。

寄棟屋根なので軒がフラットでいい感じでした。お住みになるのが年配のご夫婦と言うことで実にシンプルな外観でした。(うちとおんなじ)

説明についてくれた営業さん、商売にならないのにお付き合いしてくれました。意外に内部は耐久壁とかないんですね。それに柱も意外に少ない。

うちがこうなるのは一か月後だそうです。ここのお土産はマグカップ。


次にお伺いしたのがシャーウッドのベルサかな、2階建てのお家です。新築現場から10分と近い場所でした。

ここは白のクラフトボーダーとベージュのスティックボーダーの二色使いでした。白もなかなか美しいです。一階はLDKと和室と水回り、二階は主寝室と子供部屋が2つと割と普通の間取りでした。ただ、階段を登り切った踊り場に6畳のフリースペースがあって大きなベランダに繋がっていて解放感がありました。

こちらは間仕切りも終わって石膏ボードまで張られていたので次はクロスだそうです。

なんと、この現場にはうちの現場の現場監督さんがスーツ姿でおられました。今日はみんな総動員だったそうです。ずっと着いてくれて中の説明をしてくれました。

ここのお土産はカレーライス1回作る分のお野菜でした。


そして、現場へ。

フェンスに鍵がかかっていましたが、でっぱったお腹を引っ込めながら中に侵入。

配管が終わって採石が敷かれていました。

手前らトイレ排水、トイレ手洗い排水、洗面排水、洗濯機排水、そしてお風呂の排水ですね。

手前の採石はエコキュートの土台になるところです。

明日はメッシュを敷いて防水土間コンを打つそうです。

17日まで養生して、18日から足場が組まれていよいよ建て方スタートです。

この後、帰り道にあるハウジングセンターでシャーウッドの完成建物を見学しました。

延床60坪の3階建て、二世帯想定の豪邸でした。

やっぱり、笑っちゃいました。これを見て夢を膨らませる人と引く人と様々なんだろうなあと思いました。

一階のリビングから3階までの吹き抜け・・・無駄もいいところ。それだけで16畳の空間が無駄になってます。そこに、2階も3階もぐるりと回廊が付いていて、下を見下ろせる造り。

かく言う私も2階案を作成した時、思想は似たようなもので延床60坪と言うおバカな家でした。二階建てで基礎面積が30坪を超えてました。出てきた見積もりは工事費だけでなんと4500万円。たぶん、込み込みで6500万になったかもしれません。

もちろん、却下・・・。


一条さん辺りは現実の家をモデルにと掲げていますが、家づくりは夢でもあるのである程度はしかたないにしても、あまりにかけ離れた家もどうかと思います。特に、三井ホームさんの家はゴージャスですよね。あのまま建てたら飛んでもない金額です。まあ、そう言うの建てられる方が見に行くでしょうけど。


そうそう、4月に我が家も構造見学させてくださいとお願いされたので快諾しました。最近は平屋に興味を持つ方が増えたので助かりますと言うことでした。半年住まないから見学回数多いんでしょうか。





ロシアンてこうなんでしょうか

猫♀は避妊手術をした方が良いと言うので我が家のロシアンも避妊手術した訳です。もちろん、後から来たスコティッシュも・・・。


当然、手術の際にお腹の毛を刈り上げられちゃうんですが、まあそのうちに元に戻る筈なんですが・・・。

ちょっと恥ずかしい写真ですが。

うちのロシアンだけなのか分かりませんが、避妊手術から9年が経ってもお腹の辺りは産毛みたいなのしか生えてきません。

手術前の様子を観察していなかったのでなんとも言えませんが、元々こうなんでしょうか。

「はずかしい~」

「いやいや、君のせいではないんだから、顔を上げてください」


スコの方はすっかり元通りにフサフサと毛が生えています。



3.11危機管理センターではどうしていたか

東日本大震災から5年が経ちました。

私の父方と母方の実家は宮城県にあります。特に父方の実家は当時の最大震度の7を記録した大崎市でした。


さて、当時の私はどうしていたか。

実は、その頃の私は危機管理サービスを行う会社でシステム運用に携わっていました。

この会社は災害時に契約会社の社員に対して安否確認を行うことを主たるサービスにしていました。すなわち、地震や火山噴火などの自然災害に関する情報の収集と情報発信をしていた訳です。その他にも天候、鉄道や飛行機などの交通情報なども配信していました。

ここの情報はテレビ局やケーブルテレビ、その他大手プロバイダにも提供されています。


では当日の様子を・・・。


14時48分の少し前。東京品川・・・。

前方に各テレビ局の映像が一度に見られるように沢山の画面が並んでいる部屋の一隅に私達運用スタッフの席があります。

何事も無ければすることもない運用スタッフはいつものようにコーヒーなどを飲みながらのんびりとした時間を過ごしていました。


30秒前、突然作業スタッフ用のテーブルに設置された地震予報端末が警報を発令しはじめました。震源予想地は東北地方沿岸。スクリーン上には震源地と予想される場所に円が描かれて予想震度5と表示されていました。


我々の仕事は震度5以上の地震が発生した際に各企業向けの安否確認が正常に行われているか確認いることで、合わせて複数あるサーバーの負荷状況のチェックや異常時の対応が仕事になります。

つまり、仕事が始まると言うことで緊張した顔でモニターを見ていた訳です。


そして、運命の14時48分。

少し遅れて大きな横揺れが始まりました。

「大きくね?」

と話し合うスタッフ達。

モニターの予想値が5強になりました。

「あっ。上がった」

次の瞬間、横揺れはさらに大きくなり、キャスター付きの椅子が横に揺さぶられます。

「おいおい。6弱になったぞ」

書棚の書類の一部が落ち始めました。

「まじか。6強だ」

誰かの声が聞こえました。

テレビ局各社の画面に一斉に地震情報が流れます。

そして、予想震度はとうとう7になりました。


私の感覚では数分の大きな横揺れがあったと思います。

ちょっと船酔いに似て気分が悪くなってきました。

その後も大きな余震が立て続けに起きます。


我々はサーバーの負荷を確認する為にモニターを確認しました。

一斉に何十万ユーザーに対して安否確認メールが配信されていきます。負荷は急上昇していきます。

「やばくね?」

そうです。サーバーの負荷と言うより通信インフラの限界が来ていたのです。この時点で電話は繋がらず、メールすら飛ばない状況になっていたんです。

それも、立て続けに起きる余震が全て5以上だったため、都度安否確認メールが配信され続けます。

各キャリアは大量に発信されるメールの為、その帯域を制限しはじめたのです。飛ばないメールが大量に溜まっていきます。

監視モニタにはメール遅延に伴う異常が表示され続けます。


お手上げです。


所長はこの時点で配信の停止を決断します。

時間が経てば少しずつ溜まったメールが捌けていくはずです。

実際、滞留していた未配信メールが捌けたのは日付が変わってからの事でした。


15時過ぎたあたりからテレビ画面には津波情報が流れ始めます。

各局の画面は海岸線を映す映像が映し出されています。


そして・・・。


津波が沿岸の町を襲います。

次々に飲み込まれていく車、家、そして漁船など。

私達は為す術もなく画面を見続けることしかできませんでした。

どの画面も津波、津波、津波・・・・。

見ていることしか出来ない無力感に苛まれていました。


印象に残るのは真っ黒な海水が堤防を乗り越えていく恐怖です。


以前にも載せましたが、翌年に撮影した奥松島の住宅地です。

空き地には元は家があったと思われます。

一階部分は何も残されていません。壁さえも・・・。

この先にあった鉄道の駅も瓦解していました。


私はこの日、21時に会社を出て25キロの道のりを歩いて帰宅しました。

自宅に居た子供達からメールが届いたのは発生から5時間後の19時、銀座に勤めていた女房から無事を知らせるメールが来たのは22時でした。

足にマメをこさえつつ、家に帰り着いたのは25時でした。


近い将来、再び大きな地震が来ると予想されます。

日本の家は地震に強いと言います。ただし、家具や家財などが人の命を奪うことがあります。日頃から対策を講じてください。

我が家は全ての収納を作りつけにして、置き家具は全て廃しすることにしています。


ちなみに、私の大崎の実家では30キロ近いブラウン管テレビが飛んだと言います。


教訓は忘れない為にあります。心に刻んでおきましょう。








土地取引状況調査書

国土交通省から封書が届きました。

開けてみると土地取引状況調査書と言うアンケートが入っていました。


昔はこんなの来なかったよなあ・・・。


土地の市場価格の把握なんかに使うようです。


うちの土地は叔父から相当安く譲ってもらった(押しつけられた?)ので、これを含めるとあの辺りの地価が下がってしまうかも。(笑)


正直に書いて返送すべきか・・・。


さて、今日は買い出しに出たあと遅い昼ご飯を食べに近くのファミレスに。


あらあら、駐車場が一杯。なんとか1台分の空きを見つけて止められました。

3時近いのに混んでるのかなあと店に入ると、あらあら、中はガラガラ。

客は6人、埋まってるテーブルは3席。

なんなんでしょう、まるで無料駐車場ですね。

私が止めたのはこちらの立体駐車場の下の部分、ここだって1台分しか空いてなかっのにねぇ。店の人はなんとも思わないんでしょうかね。営業妨害じゃないですか。


食後にちょっとコンビニへ。久し振りに愛車のオデ君をパチリ。

コペンぱかり乗ってるとへそを曲げるので今日はこちらでお出かけ。

実は、こっちの方が軽のコペンより燃費が良かったりします。(笑)

2.4リッターながら、一昨年の青森旅行でリッター17キロをたたき出しました。

コペンは最高で15キロ。(涙)


さて、現場は今日から水道屋さんとかが入って基礎に配管を通したりしている頃です。

明日には土間コンが打たれて、17日から建て方が始まります。

その前に、なんとか基礎の空撮を成功させたいものです。


日曜は女房と二人で住まいの参観日で建築中の平屋を見学に行きます。